ホーム > 旅の果て日記

1月31日
晴。文学界終了。360枚手入して4月上梓、2月には対談集。以後、書下ろしに励まねばならぬ。いちおうヤル気満々。4,00pm、文乙クラス会、新宿大国鮨。40名中7名すでに亡く、8名が病後療養中、2名慢性疾患。5年上になると、死亡者1割。ヒトケタは少し弱いか。70過ぎて参集の14名、20年前より意気盛ん。


2月1日
薄曇。為替1ドル135円弱、本日より歯を磨くことにする、歯茎の弱りよく判る。書くはずのところ、「昭和文学史」3巻とばし読む。案内として便利。軽トレ後眠。


2日
晴。ヒルデガルト・クネフ死去の記事、76歳。戦後、初めて観たドイツ女優、妊婦役で登場、5歳しか違わなかったとは。ポンカン、鰻の干物、キムチ頂く。「ヒトケタ」の昭和4年生れ。中学へ進んだ者は、昭和21年3月4年終了だが、卒業と同じ資格を与えられた。5年に進むのも自由。彼等はまた、中学2年修了で陸軍幼年学校、3年で海軍兵学校甲種予科練習生に進むことができた。なにしろ敗戦がはさまっている。昭和20年をほゞ休学、21年、4年に入り直した者は、23年、5年卒業でもいいし、この年から新制高校となったその3年に進み得る。5年卒業者と、24年新制高校3年卒業者と、資格は同じ。
ぼくがじかに訊ねて、4年生れの御当人混乱してしまい、転入転出者も多い。これを仕分けても始まらないが、こんな風に当時、学校だけでも、名称、実体がこんがらがっているのだ、「ヒトケタ」は、ささやかな大変革を数多く体験した世代を考え直すてがかりとして、書く義務を感じる。多分、俺しかできないとうぬぼれつゝ眠。


3日
雨―曇。4,00am眠。9,00am起、ゴミ間に合う。資源ゴミの日だが、このあたりの皆さん、およそ酒を召し上がらぬ。執筆。4,00pm眠、6,00pm起。9,00pm眠。


4日
曇。1,30am起。eメールの利用を考える。随時こちらからeメールを送り、わが偏見を、すぐ、積極的に読んでもらう。費用がいくらかゝるのか。要するに自分で、メディアを持つ。調べてみよう。「ヒトケタ」書き、ブラッド・メルツア「大統領法律顧問」読みつゝ眠。春に向け、体をならすつもりだが、15日の心臓検査までひかえる。運動しはじめに、胸骨のあたりに不快感が生じ、つゞけるうち楽になる。


5日
曇―雨。ボギー散歩。婦人公論、とびこみの原稿書く。田中真紀子全面的擁護の弁。文学界手入れ、この作業常に苦痛。あちこちtelして、あやふやなままの記述を確かめる。


6日
曇。このところ、睡眠不規則、食欲不振。3月15日、確定申告の近づいたせいか。「火垂るの墓」フランスで映画化の話。先き立って、フランス国営TVで、わがドキュメントなるTV番組作りたいとのこと。8月、9月、NHK教育に30分8回、「タックル」を入れると、けっこうタレントである。ヒトケタの、小、国民学校、中学校、高等小、商業、工業、農業学校、青年学校の授業時間割、教科内容変遷調べつ書く、小学校4年で、週34時間、課外12時間、つい回想にふけりボーッと過ごす。おもしろいのは、集めた各地の、学年修了、卒業のクラス集合写真、みな同じような感じ。級長の顔は大体検討がつく。婦人公論書いて徹夜、10,11日連休のため、締切繰り上がるらしい。11日、ぼくにすれば紀元節、この近辺が一年でいちばん寒いはず。暖い。


7日
7,00am眠。曇。このところ、次女持ち帰る楽屋弁当ばかり。1,00pm起、婦人公論。7,00pmの約束キャンセル。疲労困憊。文学界手入れが体に悪い。キリの無い感じ。


ホーム > 旅の果て日記

野坂昭如オフィシャルサイト nosakaakiyuki.com
(C)Akiyuki Nosaka. All Rights Reserved