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8月20日
ベルンハルト・シュリンクの「ゼルブの裁き」読む、「朗読者」の著者。’44年生れだが、前作同様、ナチスの犯罪を、彼の「発見」したことでいうしかない視点で、べつに告発するのではない、彼も亦、共有しつゝ、国家、権力と個人、また企業の悲しく、凄まじくからみ合った実体を書く、前作を人情噺とすれば、「ゼルブ――」はミステリー仕立て。まるで違うが、アメリカの戦争小説「ウインドトーカーズ」は日本軍との戦いを描く、ガダルカナル、硫黄島が舞台の作品も多い。当方には大岡昇平以後ない。少し涼しくなり、散歩。短文二つ書いて眠。


21日
恵子の命日なり。四谷3丁目近くのホテルで打合せ二つ。一つは来年の連載、どうにか食いつなぎ得るか。その前に片付けなきゃならないシロモノ二つ。渋谷の歯科、書店、激しい風雨断続。久しぶりに下高井戸で買物、スーパー、ファストフード、メリケン渡りのテーマパーク、けたくそ悪い。日本ハムの罪など軽いもの、こんなの商人の当然である。世間はすべてブラックユーモアそのもの、みな笑わなくなった、若者の笑いっぷりは悲鳴。多分いつの時代もクソ爺イはこんな心境で、町を歩いていたのだろう。書斎片付ける、本の整理も少し。書店から届いた、ほゞ同年の私家版回顧録数冊読む、古い話は四分の一、あとは自慢話。暁きに至る。雨は去り風のみ未練がましく、台風の後ながらずいぶん涼しい。Tシャツから、ラグビージャージへ。


22日
曇。元OSKスター秋月恵美子逝去の記事。21年春、心斎橋筋の松竹劇場で、その主演音楽劇「陽気な中尉さん」を観た。腹が減っていたのに、映画芝居小屋にはよく通っていた。2,00pm迎え、長時間インタビュー受ける、赤坂プリンスホテル旧館、スタッフすべて、このホテルの前身を知らない。韓国併合についてのレクチュアする。くたびれきって8,00pm帰宅。絶食に近い。冷凍握飯溶かして6ヶ食う。


23日
3,00am起。原稿書く。東女医で検査判定、べつに変化なしとの御診断。むやみに薬もらって帰宅。短文のゲラ、どっと届く。下高井戸へ買物、夕立ち、またしてもズブ濡れ。この時期、戦争中の記録が多く刊行される、みな昔の焼き直し、バカ正直に求め、10万円以上損したな。ただし、昭和天皇関係は、どんどん新資料出てくる。夕刻、むやみに睡く、7,00pm眠、9,00pm飯。すぐ眠。


24日
4,00am起、届いたFAX用紙がからみ合っている。原稿の注文多く、流行作家の気分。「NHK終戦日記を読む」は3回目を終えたが、これに関する手紙も多い。9月は助走、72歳となったあたりでジャンプと、躁状態。朝は雨だったが、夜明けあたりで止む、今日でゴミ当番交替。



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