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10月10日即ち、わが誕生日前後に酔い、11月24日、昔の新嘗祭。12月8日、第58回、開戦記念日のあとさきに酔い、ことさらモノ日に合わせて、酒を飲んでいるわけじゃない、アルコール依存症が酒におもむく要因など、自分でも確かめようなく、マズイとはっきり自覚しながら、フッと飲んでしまう。そしていったん禁を破れば、以前と同じくおびただしい量、ウィスキーのボトルに換算して10本近くに至り、止む。体力が続かない。2日間ほどの、これも他人様に伝え難い苦痛に耐え、3日目正気らしきものを取り戻す。去年の暮は、やや流行作家風に書いた。この勢いで、締切のない文章をと、いちおう筆は持つが、ラジオコント書き始めのノッケから、これに縛られていたせいか、10行書いてうんざり、5行でげんなり、1日机に向っていて、一枚に満たない。
自他ともに認める文豪が、1日8時間と決めて、きちんと机に向い約半年間つづけて、ついに原稿用紙マッシロのまま。文豪が手を動かすのは、塵ひとつとどめぬ机上を、改めて布でから拭きすること。家人はこれを知っていて、止めなかった。
この時、文豪は何を考えていたか、多分、文学となるべき何やかや、次々浮かび、TV天気予報の、雲の動き早送り風、到来しては去り、沸き起こって消滅、文豪は頭の中でただ眺めていた、卓抜な構想、意表をつく表現、文豪にしか見えない人間の営み。だが文学と結びつかない。
文字にしたとたん、別のものになってしまう怯えがある、怖い。庭に面した明るい座敷、確かな季節の移りを確かめつつ、目に立つ埃もないまま丹念にぬぐい、もはや1字も書けない自分を悲しみはしない、書かれなかった構想に身を浸し得れば十分。
小生もとより文豪じゃないが、気がつくと4,5時間、ただ机に向っているだけのことがある。文豪の悟りにはほど遠く、メルマガを書かなきゃ、ホームページもブランク続き。頂いた手紙、御恵送の書物などの返事、礼状をしたためなきゃ、いや、税金の期日が迫っている、いったい今月いくら稼いだかと、ブンガクとまるで関わりないよしなごと9分、1分ほどは、小説についてチラッと断続的に想い、気がつくと夕刻。
焦る気持はない、後は散歩、雑読、電話もこなきゃ、FAXも黙したまま。
こんな日々だと、日記のタネもない。
1月6日まで、堅気のみなさん休みらしい。これにつき合う理由は全くないが、机に向うことはせず、雑読にふけって、旧臘中、いまどきの小説雑誌をひとわたり拝見したから、ハードカバーをひもとき、もはや、つまらなければ、容赦なく読み止め、以下、日記がわりに、読み潰した著作物を記す。

「浪漫的な行軍の記録」奥泉光。神田の専門店においても、下級将校、兵士の戦記は入手し難い。資料に頼らなきゃならない著者にとって不幸なことだ。「行軍」に眼をつけたところは才能のうち。「行軍」がつぎはぎの印象はいかんともし難い。にしても少し、刺激を受けた。なんでも自分本位に受取ってしまうのだが、「焼跡彷徨」は書けると思いました。
「昭和20年」第1部=10。鳥居民。この年の6月9日を軸に、断末魔の大日本帝国の、いろんな断面を描く。6月5日、小生、罹災した。読んでいるうちに、同じ著者の、9までが気になり、付箋だらけの各巻あらためて確かめる。昭和天皇の母君、貞明皇太后の存在が気になった。まことに畏れ多いことながら、小説になるね、この高貴にして気丈、まこと下世話な形容で畏れ多いが、姑の鏡。
「アンダーワールド」上下。ドン・デリーロ。さほど感心はしなかった。寝転がって読むには重すぎるということもある。久しぶりの、翻訳小説らしい、翻訳小説。
「死への祈り」ローレンス・ブロック。アルコール依存症の探偵が主人公の何作目か。どうってことはないが、読み通した、主人公の妻、元娼婦だが実によくできた女房、羨ましい。作者の、依存症についての理解は浅薄と、あえていっておく、たまにゃ飲ませておやんなさい、新機軸を得るであろう。
「無限連鎖」楡周平。ゲーム小説。作者は昭和32年生れ。「すべからく」を「すべて」の意味で使っている。「大都市すべからく海に面している」てな具合。
「日本呪術全書」豊島泰国。食えなくなったら、これをタネ本に、「呪術教室」を開くつもり、類書かなり所蔵、門下生募集。


1月10日
下北沢で対談。


12日
新宿で、トークと歌の寄合い。歌をしばらくぶりで唄ったら少し執筆意欲が出て来た。心して食べているつもりだが、顔のお肌が妙に荒れて、全体にむくんだ感じ、各種サプリメント、すべて暮に処分、ミカンを三つ食べて寝る。


13日
2連休とかで、朝刊休み、これを読んで寝ようと、返信を書きまくって、つい6,00amまで起きてしまった。ウチ猫3匹ソト猫4匹、うち2匹は親子連れに餌をやり、2年越しの固いパンを金槌で砕き、鳥の餌。近くに、あわれな犬が飼われている、この「あわれさ」を文字にすれば、「イヌ・ネコ」もの流行の世に異色の読物となろう。もはや眼が白内障で見えない、臭いだか足音だかで、ぼくを認め尻尾をふる。眠る前に朝飯を食う、大体、正月料理は片付いた、明日から下高井戸へ買物だ。起11,00am、久しぶりに「ヒトケタ」を書く、結局、自分のことしか書けないとみきわめる。



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