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4月28日
5,00am眠、9,30am起。月曜、年が明けた如く、気持は昂ぶるが、書けない。ゲラ手入れ。日記なるもの、筆者の見聞、雑感、心境、喜怒哀楽、愛憎軽蔑尊敬ありのまま文字となすのが本来、多くの方の御興味が前提となるとけっこう難しい。死後必ず焼却のことと遺言、いや、ある年齢に達して、さっぱり処分してしまう類いだって、書くという作業には、「偽り」「嘘」「歪曲」が無意識のうちに入る。アメリカは、日本の民主化に当って、中学生に、「野球」「討論会」「学校新聞」「男女共学」を奨めた。おそらくヘンな具合になってしまってまだ墨守しているのが、共学。根付かなかったのが討論会。野球については、ただ一言、アメリカに長嶋という存在はあり得ない。学校新聞のみ、赤旗、聖教新聞に受継がれている。


29日
1,00am起。井上章一、鹿島茂対談集、小林信彦エッセイ集、各出版社PR雑誌を読む。朝日新聞社「1冊の本」金井美恵子の連載抜きん出て面白い。今日は旧天長節。坪内雄三近著に「一九七二」がある、ぼくにとっては「一九五七」が、坪内著の副題「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」だった。この1年、少なくとも月毎に思いだせる、昭和27年の天長節、薄曇り、なまぬるい風の穏やかな日だった。娘と孫が来ている。上の孫、今年から小学校。娘にいちいち「お爺ちゃん」といわれ、他人事。男孫と庭でサッカー、後、神田川散歩、毎年、今年の新緑は例年より鮮やかと感じるのも妙。株安がイラク後の新聞主要記事。

30日
起5,00am。ゲラ手入れ。300枚ほどを2種。1つは調べなきゃならず、書斎混乱。敗戦前後の日記、実録、近頃多く上梓、つい読みふけってしまう。朝飯食って眠。1,00pm起、ストレッチ、不燃ゴミを出し忘れていた。夕刻、消息通3人と意見交換、米英のイラク侵略、東北アジヤ緊迫、SARSすべてロシヤに有利。中国帰りの、10日間蟄居閉門、家族避難の勤め人ザラらしい。喫煙が予防に効くという説もあるそうな。文庫本解説を書く。


5月1日
快晴。徹夜、原稿6枚、友人へ手紙2通、文字の量としては、手紙の方がずっと多い。昔話をきっかけに書くうち、海に垂れた糸たぐり寄せる如く、記憶がかなり自分に都合よく、また、昔話にも妄想は加わるもので筆が進む。眠れぬまま散歩、外食券食堂風飯屋に、若い西洋人カップルが入っていたから、何を食べるのか、腹も減っていたし、後に続く。彼等純和食、顔なじみと挨拶している、その日本語のアクセントでは何国人か判らない。帰宅後睡眠。3,00pm起。寄贈いただいた書籍の礼状書く。これがまた長くなる。本日、メーデー、2年前の今頃、自宅から出演の局まで12キロを2時間半で歩いた。現在、ハイヒールの女性に追い抜かれる、嗚呼。9,00pm眠。





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